中津城
五層の天守閣と二層の櫓から成り 昭和39年(1964)に再建された城です。
黒田孝高が豊臣秀吉から豊前6郡(16万石)を拝領して 周防灘に臨む山国川河口に城を築いたのが始まりです。黒田氏入部後は、細川、小笠原、奥平と続いた280年余りの治世の中
で、城下町が形成されました。
この城の堀割の水は、水門より海水が入って潮の満干で水位が調整される日本でも珍しい水城です。城郭敷地の形が扇状である事から別名を扇城といいます。
石垣を注意深く見ると、黒田孝高が戦乱時に築いた堅牢な石組と、戦乱後細川忠興が築いた粗い石組の違いが見分けられます。
天守閣内部は甲冑、刀剣、古文書などが展示されていました。
立派な城郭に関わらず俗化されておらず、周囲に土産物店など皆無なのには驚きました。
中津と福澤諭吉
中津市は、「天は人の上に人をつくらず…」学問のすゝめの福澤諭吉を輩出した都市です。
市内には福澤諭吉の旧居があり、隣の記念館では様々な資料が展示されていました。
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福澤諭吉旧居 |
教育者・思想家の福澤諭吉 |
学問のすゝめ |
バス停も「福澤通り」 |
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大分市よりも福岡県北九州市が近い(50km)豊前エリアだけに 経済的にも文化的にも福岡県に傾倒している町です。TVも福岡、大分両県のが見れるそうで、まるで広島県岩国市??のようです。 都市規模、小藩の城下町という成立ち、高架駅を中心とした既存市街地など香川県丸亀と五十歩百歩という感じです。 |
人口6.6万大分県第3の都市 |
既存市街地はやや寂れ気味 |
周防灘に注ぐ山国川 |
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肥沃な沖積平野に開け、温暖で災害も少ない 地味の豊かなこのような都市は
藩政時代から三白(米、塩、綿)で潤ったためか、町並みにも風格を感じます。
中津は先覚者の出身地だけに、明治時代から市学校や紡績工場が設置され、
更に北九州・福岡というヒンターランド(後背地)を抱え、園芸作物や蔬菜の集散地となりました。
ここは外的刺戟の少ない割に、進取の気風を兼ね備えた所だといえましょう。
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