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壇具川に沿って歩く |
長府城下町の真中を流れる川で 忌宮神社での祭礼の道具を流した事から この名が付いたようです。
川の上手は初夏には蛍が飛び交い 川の下手は鴨が沢山泳いでいます。 |
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長府侍屋敷長屋
長府城下町の武家屋敷の長屋で
上級藩士の住居の趣をよく残しています。
元々は侍町にありましたが
保存の為に移築しました。 |
種田山頭火の句碑もあります。 この辺り侍町と言いますが、1185年壇ノ浦の戦いで破れた平家の残党追討の命を受けた土肥実平が入封し 藩政時代は家老格以上の家臣の家があり、このような地名となりました。
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壇具川沿いの石畳の舗道
長府城下町は景色の良い小路などは 石畳が敷き詰められています。この壇具川沿いの道のほか 古江小路、横枕小路、乃木神社参道など沢山あります。 |
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長 府 毛 利 邸 |
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1903(明治36)年 長府毛利家の明治期の邸宅で 明治天皇の天皇行幸の際の宿泊場ともなった所です。
重厚な母屋と白壁に囲まれた日本庭園が 回遊式で楽しめます。苔、石、池、楓、そして燈篭など配置の妙は 新緑や紅葉の時期は一段と映えるのでしょう。心を癒すには好適です。
入場は大人200円 |
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功 山 寺 |
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長府毛利藩の開祖 毛利秀元の菩提寺で 裏手は代々の墓所です。鎌倉時代に創建され唐様建築の美しい仏殿は 日本最古の禅寺様式を残すものとして国宝に指定されています。
桜と紅葉が美しい事で有名ですが 歴史の舞台としても名を馳せる寺で、毛利元就に追われた大内義長が自刃したり、幕末には尊攘派の五卿を匿い 高杉晋作が明治維新の転機となる旗揚げもここでしました。 |
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写真上左…功山寺仏殿
写真上中…功山寺の名水 隣に精進料理の「吉祥」も有り
写真上右…功山寺せんべいも販売されていました
写真最左…功山寺の 高杉晋作回転義挙銅像
写真左……功山寺は高台にあり、満珠干珠が望めます |
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写真上左…功山寺入口 ここから登り
写真上中…功山寺山門
写真上右…新緑や紅葉の名所です
写真左……下関市立長府博物館 長府出身の桂弥一らが呼びかけて 幕末
の志士を顕彰する為に作った尊壌堂を
歴史博物館として利用したものです。
長府毛利藩や幕末の志士達の資料、
奇兵隊などの資料があります。
隣に 万骨塔がありますが 維新の時期
命を捧げた人々の霊を供養する為
桂弥一が建てました。 |
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歩きたくなる小路 古江小路 横枕小路 |
古江小路(写真左下)と 切通し(写真右下)
城下町長府を象徴する風景といえば やはりここになるでしょうか。
長府毛利邸まで続く道沿いに 練り塀が続き 通りの中ほどには菅家長屋門も‥。
写真撮影では忘れてはならない小路です。 写真右下は「切通し」という長府中入口から毛利邸へ抜ける高低のある通り。 |
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古江小路に沿って 武家屋敷が建っていましたが 菅家長屋門(写真中)は長府藩上級武士の長屋門です。 |
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横枕小路
先の古江小路から2本北側 乃木神社の裏手を走る小路です。横枕小路は道幅は狭く 樹木に覆われた土塀の空間は 一瞬、維新の志士達が往来していた当時を偲ぶことができるようで ここも味わいがあります。 長府の小路はいずれも道標があり 謂れなどの説明が記されています(写真下)。 |
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寛 苑 寺 |
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長府毛利藩三代目の毛利綱元が 宇治黄檗山万福寺七世 悦山道宗禅師を中国から招き建立した 菩提寺の一つです。
悦山以来学僧相次ぎ、藩士の中から従学する者も多く 長府藩文教興隆の拠点でした。 日本最初の貨幣 和同開珎の鋳造所跡もある黄檗宗の寺で ここも秋の紅葉がきれいだとか‥。
境内に乃木希典(のぎまれすけ)と、狩野芳崖の銅像があります |
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乃 木 神 社 |
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日露戦争では第3軍司令官、陸軍大将となり活躍し 明治天皇崩御の後 静子夫人とともに殉死した乃木希典を祀っています。乃木大将は学習院初代院長でもあったのでここは学問の神様としても有名ですね。 全国6箇所に乃木神社は存在しますが、長府乃木神社境内の奥には乃木将軍の旧邸が復元され 宝物殿もあります。(宝物殿写真撮影はご遠慮下さいとの事)
乃木神社例祭は9月13日です。 |
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乃木将軍の旧邸 |
乃木将軍の旧邸・内部の風景 |
君が代に出てくる さざれ石 |
乃木夫婦の銅像 |
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最後に忌宮神社(いみのみやじんじゃ)を回って… |
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長府の町の真中にある神社で、仲哀天皇・神功皇后が西国平定の折に ここに豊浦宮を建て7年間滞在し 仲哀天皇の時代に 政庁となりました。
毎年8月7日から1週間 天下の奇祭とされる「数方庭」(境内の鬼石の周囲を 10m以上ある竹の幟を抱えて回る)が開かれます。 “蚕種伝来の地”の碑が境内にあるほか 岩国出身力士「魁傑」が縁の 相撲資料館もあります。 |